巣鴨教会聖書研究会 29章

2005年6月19日 渡辺善忠

1.ラバンのもとでのヤコブ

 29章〜31章には、ヤコブがラバンの家に滞在した出来事が伝えられています。この物語は整えられた文脈が続いていることから、創世記に収められる以前にまとまった形の資料が存在していたと考えられています。物語全体の構造は以下の通りです。

  ○29章1〜14節:本筋の準備=ヤコブとラケル、ラバンとの出会い

   ◇29章15節〜20節=ヤコブとラバンの会話と約束

    △29章21節〜30節=ラバンがヤコブを騙す

     ☆29章31節〜30章24節=子供たちの誕生

    △30章25節〜43節=ヤコブがラバンを騙す

   ◇31章1節〜42節=ヤコブとラバンの対峙と神の約束

  ○31章43節〜55節:結尾=契約とヤコブの旅立ち

 このように、物語全体が☆を中心にした左右対称の構造になっているため、創世記の著者は、元の資料をほぼそのままの形で収めたと考えられます。また、全体の中心に十二人の子供たちが生まれた出来事が記されているため、この物語は元来、ヤコブがイスラエルの十二部族の父祖であることを示すために編纂されたと思われます。

 この物語は、もちろん、イスラエルの史実を伝えているのではありません。しかし、ヤコブの子供たちの中で、ヨセフ、ルベン、シメオン、レビ、ユダ、ベニヤミン(35章18節)については、この後の物語にも登場することから、これらの子供たちが生まれた出来事には、ヤコブの家族についての史実が反映されていると考えられています。

2.ヤコブの二面性

 この物語では、ヤコブが二つの異なった性格を合わせ持つ人物として描かれています。その一つは、かつてエサウを二度に渡って欺いた出来事に示されるような、狡猾な面であり、もう一つは、素朴な信仰者として神に信頼する姿です。ある旧約学者は、この物語に伝えられているヤコブの性格を詳細に分析し、俗悪な性格の描写と敬虔な性格の描写が異なった資料に基づいていることを指摘し、29章では神への素朴な信頼を持っているヤコブの姿が描かれていると述べています。このように、ヤコブの性格描写の背景に異なった資料が存在していると考えられることから、ヤコブ物語が現在のようにまとまった形になるまでには、かなり複雑な経緯があったと思われます。

 また、ヤコブの性格の二面性が伝えられていることから、創世記の著者は、イスラエルという信仰の共同体が、神への信頼と人間の愚かさの狭間を揺れ動きつつ歩んでいることを伝えるためにこの物語を創世記に収めたと言えましょう。

このことは、私たちにとっても大切な意味があります。なぜなら、私たちもまた、教会としても、一人の信仰者としても、神への信頼と疑いの間を揺れ動きつつ歩んでいるからです。私たちはこのことをおぼえて、聖と俗との間で苦闘しているヤコブの姿によって、自らの姿を顧みるべきでありましょう。またそのことに加えて、神が、ヤコブという疑わしい人物にご自身の働きを担わせて下さった出来事によって、私たちをも、ご自身の御業のために用いて下さる恵みを心に刻みたいと思います。

3.私たちへのメッセージ

ヤコブ物語は解説なしで読んでも楽しめますので、ぜひ29〜31章を通読して頂きたく思います。ここに記されているヤコブの歩みには、私たちの日常につながることも多々見られますので、それぞれの場面において、神がヤコブにどのような道を備えて下さったのかということが、私たちへの知恵となるのではないでしょうか。

この物語では、神の姿は隠れているように思えるかもしれません。しかし私たちは、神が、ヤコブと私たちの歩みにおいて、「わたしたちと共にいて下さる」恵みを礎としてこの物語を読み進み、御言葉によって神の御心を示されたいと思います。